つきぢ松露

創業大正十三年 玉子焼 つきぢ松露×創業昭和三十五年 都(みやこじ)

「つきぢ松露」インタビュー

つきぢ松露は、大正13年に、初代が築地にて開いた松露寿司からその歴史が始まります。戦後の統制下で寿司ネタが手に入らなくなり、店先で玉子焼を焼いたところ評判に。
そして昭和21年から松露の玉子焼がスタートすることとなりました。それから70年以上、舌の肥えた築地のお客様に愛される玉子焼を作り続けています。そんな松露が唯一指定農場としているのが、「都路のたまご」。
玉子焼の匠が語る、都路のたまごの魅力とは――

左:齋藤賢一郎 代表取締役社長 / 右:齋藤元志郎 代表取締役会長

安心な商品を提供したい

昔は様々な産地のたまごを寄せ集めたものを使うのが普通で、黄身の色のバラつきがひどかった。焼き上がりの色にもバラつきが出てしまう。それで、「これはどこのたまごなのか?」と興味を持つようになったのだが、「いつ、どこで産まれた」という情報が全くなかった。お客さんに安心な商品を提供したいと思うからこそ、それでは不安があった。

40年以上使い続ける理由

そのような中で、都路のたまごを紹介してもらい早速玉子焼を焼いてみたところ、これがとても美味い。すぐに採用することになり、それから40年以上、都路のたまごを使い続けている。やはり、素材の作り手が見えていることは、品質の安定や、お客様へ安心安全な商品を届けるために大切なこと。10年、20年、30年と長く商売を続けるには、何より信用が大事です。だからこそ「いつ、どこで作られた」というトレース管理の出来ているたまごを使うようにしている。

共に作り上げたたまご

20年ほど前には、都路のたまごの敷地内に工場を立ち上げ、玉子焼を作っていた時期もあった。焼き上がりの黄色味や、作りやすさ等を相談しながら、一緒に原料のたまごを作っていった。同じ屋根の下で13年間、たまごのプロと玉子焼のプロが協力して一生懸命に研究して、いい味・良い色の玉子焼を作り上げていったわけです。そこで得たノウハウと作り手の情熱が、このたまごには詰まっています。

創業大正十三年 玉子焼 つきぢ松露

「つきぢ松露」ホームページでは、
紹介しきれなかった、たまごへのこだわりや、都路のたまごが選ばれている理由を
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